最高裁判所第一小法廷 平成4年(オ)1491号 判決 1994年10月13日
仙台市太白区八木山本町一丁目三番地の二
上告人
有限会社 三栄交易
右代表者代表取締役
高橋榮
同所
上告人
高橋榮
右両名訴訟代理人弁護士
松井宣
小川修
沼波義郎
門間久美子
東京都港区東麻布一丁目一三番五号
被上告人
宮川商工株式会社
右代表者代表取締役
宮川三夫
同
江戸川区一之江町三〇〇〇番地
被上告人
株式会社セイワ
右代表者代表取締役
田辺茂
右両名訴訟代理人弁護士
小池恒明
右当事者間の仙台高等裁判所昭和六三年(ネ)第三四七号模造品製造差止等請求事件について、同裁判所が平成四年二月一二日言い渡した判決に対し、上告人有限会社三栄交易から全部破棄を求める旨の、上告人高橋榮から一部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
上告人有限会社三栄交易の本件上告を棄却する。
上告人高橋榮の本件上告を却下する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人松井宣及び同小川修並びに上告代理人沼波義郎の上告人有限会社三栄交易に関する各上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、上告人有限会社三栄交易は被上告人らに対して、不正競争防止法に基づき損害賠償及び謝罪広告掲載の請求をすることができないとした判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
上告代理人らは、上告人高橋榮に関する上告理由を記載した書面を提出しないから、同上告人の本件上告は不適法であって却下を免れない。
よって、民訴法四〇一条、三九九条ノ三、三九九条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達 裁判官 大白勝 裁判官 高橋久子)
(平成四年(オ)第一四九一号 上告人 有限会社三栄交易 外一名)
上告代理人松井宣、同小川修の上告理由
第一、原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。
一、原判決は、原判決の所謂原告製品の形態自体及び「アースベルト」なる名称が不正競争防止法一条一項一号にいう商品表示に当たり、かつ、右商品表示が上告人会社の主張する昭和五四年四月ないし五月ころには同号で要件とされている周知性を備えていたとしても、上告人会社は、特許法一八八条、一九八条、不正競争防止法一条一項五号にも該当する行為その他の一連の反良俗的行為により右周知性を獲得したものといわざるをえず、かかる場合は、上告人会社は、右商品表示と類似の商品表示の使用等をする者に対し、不正競争防止法に基づき損害賠償及び謝罪広告掲載の請求をすることができない、とする。
ところで、原判決の所謂反良俗的行為とは、
「控訴人高橋は、それが違法な虚偽表示に当たることを認識しながら(この点に事実誤認があること、後述のとおり)、原告製品の販売本数を増加させてその周知性を獲得すべく、原告製品自体に特許表示と紛らわしい『PAT』の文字を書き込み、また、前記広告(甲第7号証の一、二、四、等)中にも、『アースベルト』の冒頭に『PAT』の文字を表示した。」
「・・・・・『謹告』と題する書面(乙第六号証)において、右出願が昭和五〇年一二月に公示された旨記載し、右出願が公告されたものと誤解されやすい(この点も事実誤認であること、後述のとおり)内容の書面を広範囲にわたって配付した。」
ことを指称するものと思われる。
しかしながら、まず、「PAT」なる文字を書き込み乃至表示することは、特許法第一八八条の規定による禁止行為に該たるものとはいい得ないといわなければならない。蓋し、実用新案登録出願中である旨の簡易な表示について、一般取引界に格別の慣行が存在するものではない。また、特許表示の通俗的表示として、「PAT」が用いられている事実はない。「特許表示と紛らわしい表示」であるか否かは、その時代の一般取引界の慣行を無視して認定することは、もともと行為者に「特許表示と紛らわしい表示」であるか否かを判断すべき負担を強いていることを考慮するとき、妥当とは思われない。そうとすると、前記「PAT」なる文字を書き込み乃至表示する行為が反良俗的行為と断ずるのは、失当といわなければならない。
次に、「出願が・・・・・公示された旨記載」することが「右出願が公告されたものと誤解されやすい」ものとして非難するのは、理解しがたい。公開公報で開示されることを簡潔に言い換えるとき「公示」されたと表現することが、非難に値するであろうか。
従って、原判決の所謂反良俗的行為なるものを理由として、上告人会社の本訴請求を排斥することは、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背あるものといわなければならない。
二、原告製品が製造、販売された当時、これが商品として有望視され、被上告人宮川商工株式会社をはじめ他に類似品を製造、販売しようとする者があったという事情のため、原告製品が考案品として所謂オリジナル商品であることを取引界に知ってもらう必要があったのであり、原判決の認定するように、虚偽表示により原告製品の周知性を獲得しようとしたものではないこと、被上告人等の執拗な模造品製造、販売行為があった等の事情から明白に看取し得るものである。もし、上告人会社が手を拱いてこの事態を放置していれば、模造品の出回りのため上告人高橋の努力は水泡に帰するおそれが大であったこと、証拠上明らかであるのに原判決がこの点を看過するのは、経験則違背あるものである。
第二、原判決には事実誤認の違法がある。
原判決は、前記のとおり「控訴人高橋(原判決がこのようにいうこと自体理解しがたい)は、それが違法な虚偽表示に当たることを認識しながら」PATなる文字を書き込み乃至表示したと認定するが、どのような証拠に基づくのか、全く不明である。むしろ、前述のとおり、当該表示は被上告人等の執拗な模造品製造、販売行為から原告製品を防御するため、原告製品が考案品のオリジナル品であることを明らかにしたいとの上告人会社の意図に出るものである。このことは、原判決の非難する乙第六号証「謹告」の記載からも明白である。即ち、
「(有)三栄交易ではアースベルトについて昭和四九年五月に実用新案を出願し、昭和五〇年一二月に公示になりその後画期的な導電性ゴムの採用とともに全般に改良を加えたアースベルトを昭和五三年六月に実用新案、意匠登録三件をあらためて出願し製造販売しております。しかるにこの様な事実を承知の上で・・・・」と記載し、当該「謹告」がどのような動機により、どのような目的でなされるのか、明確に記載しており、そこに何らの虚偽事実が記載されているものではない(右文言中「公示」なる表現が、法的に熟したものでないとしても、法律家でない上告人会社を非難するのは、前記のとおり失当である。)。
なお、付言すれば、原判決は、上告人会社において広告等中に「PAT実願六〇五二三」、「PAT申請中」、「実用新案出願中」等の表示を用ちいたことを認めているが、この事実は法に熟達していないことを示すもので、「違法な虚偽表示に当たることを認識し」ていたとの原判決の認定が誤っていることの証左となろう。
以上
(平成四年(オ)第一四九一号 上告人 有限会社三栄交易 外一名)
上告代理人沼波義郎の上告理由
第一、原判決は法令の解釈の誤りがあり、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があるので破棄されなければならない。
(一) 原判決は、上告人らの請求を棄却する理由として、
(イ) 高橋がそれが違法な虚偽表示に当たることを認識しながら、原告製品の販売本数を増加させて、その周知性を獲得すべく、原告製品自体に特許表示と紛らわしい「PAT」の文字を書き込み、広告の中にも「PAT」なる文字を表示した。
(ロ) 高橋は、「謹告」と題する書面(乙第六号証)において、右出願が昭和五〇年一二月に公示された旨記載し、右出願が公告されたものと誤解されやすい内容の書面を広範囲にわたり配布した。
(ハ) これらの行為は、虚偽表示ないし、質量誤認惹起行為にも該当し、一連の反良俗的行為により周知性を獲得したものといわざるを得ないとして、結果上告人らの請求を認めなかったものである。
(二)
(イ) ところで特許法一八八条その他指摘の条文の趣旨は、要するに、いずれも正当な権利のないものがあるかの如き表示をして、第三者を欺岡することの行為について、一種の制裁を加えようとしたものである。
そうするとその条文の文言、趣旨からいって故意にかかる状況を作り出した者に対する制裁というべきで、過失にかかる行為をなした者は、当然含まないというべきである。
(ロ) まずはじめに、「PAT」なる記載であるが、そもそも「PAT」なる「ことば」はPATENTの略称と考えられるが、しかし登録特許の略称であるとの統一的な見解がないのみならず、我国においては、これを種々の意味で用いられているのであり、(例えば商標にPATを用いるが如し)しかも本件は、PATのみの記載であり、番号が記載されていないのであるから、仮りに右PATが特許登録の意味に解釈したとしても番号がない以上、特許登録済であると解釈することはとうてい出来ず、かえって番号のまだない状況、すなわち特許出願中とも受けとれるのである。またこのように受けとるのが、我国では多数である。
高橋の申請していた考案が、実用新案申請中であったことは事実その通りなのであり、(なお本考案は拒絶されているが特許、実用新案登録申請ではむしろ一度ぐらいは、拒絶されるのが通常であることは公知の事実であり、拒絶されたからといって出願手続が終了するものではないことも当然のことである。)
そうすると特許登録済の発明であることを表示しようとすれば、PATないし特許登録済の表示の外に必ずそれらしい番号の記載が必要であり、高橋がこれらの記載をしなかったということは、このような虚偽表示をなす認識など全くなく、むしろ聞きかじりの知識や、特許製品を見よう見まねでこれを安易に模倣し、それらしい外形を作って表示してみたまでであって、高橋には虚偽表示をして、第三者を欺罔するなどという大それた気はさらさらなかったのである。
また本考案が、昭和五〇年一二月の「公示」された旨の表示についても全く同じであって、原判決は「公告」と紛らわしい表示をあえてしたと判断しているが、全く失当であり、高橋は昭和五〇年一二月に本件考案が「公開された」(乙第五号証の四、ちなみに原判決もこのことは認めている)のであるから、公開と書くべきところを、特許の事情を知らず、正確な法律用語も知らなかったために、うっかりと「公示」と書いてしまったのであり、それ以外の何らの意図もないのである。
高橋が本考案について、虚偽の記載をしようとすれば当然「出願公告」されたと書くべきであって、本人はそのような意思は全くなく、公開を公示と誤ったにすぎないのである。
(ハ) よって、いずれも高橋には、虚偽表示をしようとする意思は全くなかったものである。
(二) これは本考案の販売される過程を見ても明らかである。
いわゆる模造品等が出まわるのは、これに先立ってすでに売り行き好評な製品があるから、これにあやかって模倣し、これらの販売ルートに乗せて不正行為を働こうとの意思があるからである。
しかるに本件の場合、高橋が三栄交易を販売会社として売り出した「アースベルト」は、何人も本邦では商品化したことのないオリジナル商品であるから、もとよりその商品の開発、市場の開拓も自力で行わなければならず、他の商品と競合などしていないのであるから、他の商品を模倣したり、あえて虚偽表示をして、従前の製品と紛らわしい表示などする必要は全くないのであり、虚偽表示の故意がないというのも、このような状況からいって明らかなことなのである。
(三) さらに、高橋がなした「PAT」及び「表示」なる表示は、そもそも虚偽表示にあたらないというべきである。
この点については、すでに述べた通りであるが、虚偽表示というからには、特許登録製品であるならば、それらしい表現、出願公開ないし、出願公告されたのならば、それを想起させるような表現でなければ、第三者を欺くことは出来ず、あまりの幼稚な、拙劣な表現では効果はないわけである。
したがって、この点も前述の通りであるが、特許登録済であるとの表現をしようとすれば、PATのみの記載では足りず、PATに続いてそれらしい番号を付するとかが必要というべきで、単なるPATではむしろ、登録申請中とも受けとれるのであって、そうであるならば事実その通りであり、虚偽表示ではなくなるわけである。
さらに「公示」についても、これは特許関係の用語にはないものであって、それ自体何の意味かわからず、さらにこれに近い用語として、公開あるいは公告なる用語があるが、果たしてこれと同じなのかどうかもわからず、これを読む者をして困惑を生ぜしめるのみであって、このような誤った用語はかえってマイナスにもなるものであり、いずれにしてもPATあるいは公示では、他人を欺罔して所期の目的など達することは出来ないのであって、特許法一八八条その他の虚偽表示にはあたらないというべきである。
(四) また当然のことながら、特許法一八八条の虚偽表示を批難できるのは、「善意の第三者」に限るべきは当然である。
けだし本条項は、善意の第三者を保護する趣旨であるからである。しかるに被上告人らは、これまでも累々上告人らが主張したように、上告人らと友好的な取引関係にありながら、その後一転して上告人ら製品と酷似する商品を販売したのをはじめ、これに対し、製造販売禁止の仮処分(仙台地方裁判所昭和五四年(三)第一六七号)がなされたにも拘らずこれを守らず、再三の警告にも耳をかさず、上告人の考案の登録経過を終始注意して見守っていたのであり、これにより高橋がPATと書こうが、「公示」と書こうが、上告人にはいっこうに影響なかったのであって、悪意の第三者である。
このような者は、本条項の抗弁事実を主張する資格はないのであるのであって、被上告人の抗弁それ自体失当というべきである。
以上